黒魔術部の彼等 ディアル編3


今日は朝からずっと気だるかった。
授業が耳に入らず、ぼんやりとしてしまう。
それでも、部活へ行きたくて授業を耐えていた。

授業が終わると、すぐに部活へ向かう。
入るとき少し気が引けたけれど、ディアルがどう反応するか見てみたくて、結局部室へ入っていた。
中にはすでにディアルがいて、普段通り本を読んでいる。
少しの間立ち尽くしていたけれど、もどかしくなって隣へ椅子を持ってきて腰掛ける。

「あの・・・ディアルさん」
ディアルが、ちらと視線を向ける。
「昨日は・・・突然あんなことして、すみませんでした」
ディアルは本を閉じ、向き直る。
「怠いのか」
「え?ええ・・・何だか、朝から本調子じゃなくて」
「無理をするな、休んでいればいい」
かけられたのは、気遣いの優しい言葉。
拒まれていないことが嬉しくて、ついはにかんでいた。

「さーて、今日こそ悪魔を召喚しますよ!」
ふいにキーンが入ってきて、焦って椅子から転げ落ちる。
尻餅をついてしまうと思ったが、床に着くすれすれで体が浮いていた。
ふわりと体が浮き、椅子に座り直す。
これがディアルの力なのかと、目を丸くしていた。


「おやおや、大丈夫ですか?すぐにお香を炊きましょう」
キーンが部屋の奥へ行くと、すぐに怪しげな空気が漂い始める。
他の人には嫌な雰囲気でも、怠さがましになるようだった。
「キーン、話がある」
ディアルが呼びかけると、キーンがさっと椅子を持ってきて正面に座る。
「貴方から話とは珍しい。何でしょうか」

「昨日、ソウマに押し倒されて口付けられた」
いきなり何を言い出すのかと、ディアルを凝視する。
「そのとき、霧が形になった。ソウマの形はまるで蜘蛛のようだった」
「蜘蛛・・・?」
それを聞いたとたん、キーンがほくそ笑む。

「それは素晴らしい!想い人とのキスで目覚めるなんてロマンチックですねえ」
「ちょ、ちょっと待って・・・あの、そうやって、したことは覚えてるけど、蜘蛛って・・・」
「初めて形になったのです、無理はありません。気怠いのはそのせいですよ」
否定したがっていたことが事実になり、どう足掻いても覆せなくなる。

「・・・ディアルさんが抵抗しなかったのって、やっぱり・・・その霧が関係しているんですか」
ディアルは、考え事をするように視線を外す。
違うと言ってほしかった、けれど
「そうかもしれないな。同族とは共鳴し合う」
願望なんて、たいていは叶わないものだ。
浮かれた気分は一気に消え、その分気が重くなる。
急激に気だるさが悪化したようで、もうここにいたくなかった。


「あの・・・やっぱり、体調悪いんで・・・帰りますね」
体がさっと動いて、鞄も持たずに出て行く。
扉が閉まると、キーンはため息をついていた。

「貴方・・・デリカシーのない人ですね」
「まずいことを言ったか」
「恋愛小説でも読んだらどうですか」
力だけあっても、人の心を掴めない者は孤立する。
上手く操作しなければならないと、キーンは改めて思っていた。




家に帰ると、ソウマは2階の自室で布団にくるまっていた。
受け入れてくれたのはディアルの本意ではなかったのかと、気落ちしてしまい無気力になる。
夕飯を食べる気にもなれず、自分を守るように丸くなっていた。
明日は休んでしまおう、部活にも行く気にならない。
幸いにも、無断欠席をしてとやかく言う親は今はいないのだ。

うつらうつらとまどろんでいると、窓ガラスを何かが叩く音が聞こえてくる。
鳥でもぶつかっているのだろうかと、のろのろと起き上がり窓を見た。
いつの間にか外は暗くなっていて、何がいるのかよく見えない。
窓を開けてみると、真っ黒な、人型のものがベランダにいた。
「・・・キーン?」
「今晩は、ソウマさん。お忘れ物ですよ」
闇の中から黒装束のキーンが表れて、鞄を手渡す。

「ありがとう。・・・転送装置で来たのか」
「いいえ。飛んできました」
よくよく目を凝らすと、キーンの背に漆黒の翼が生えているのが見える。
それはまるで翼竜のように、しっかりと形を成していた。

「よろしければ、今から私の家に来ていただけませんか?お見せしたいものがあるんです」
「今は、あんまり気分じゃ・・・」
言葉の途中で、キーンはソウマの体を横抱きにする。
あまりにも手早い動作に反応できず、二人は空へ飛び上がっていた。

「ふふ、本当はあなたをさらいに来たんです。大人しくしていてくださいね」
ちら、と下を見ると抵抗する気をなくす。
キーンが強行するなんて珍しくて、よほどのことなのだろうかと期待と不安が混じっていた。


ほどなくして、キーンの居城へ降りる。
大きな窓から中へ入ると、自動で電気が点いた。
ここが一番高いところだろうか、天井が三角の屋根の形になっている。
「どうぞこちらへ。そこの、色が違う床の上に立ってください」
言われるままに、色が黒ではなく赤くなっている床の上で立ち止まる。
不吉な色は、この床が抜け落ちて地獄へ直行するのではないかと思わせた。

キーンが隣に来ると、足元が振動し始める。
「危ないので、掴まっていてくださいね 」
一気に落ちるのかと、キーンの腕を掴んで身構える。
同時に、床が物凄い風圧で押し出され急上昇していた。
天井が開き、床はまだ上がって行く。
やがて、風圧がなくなり落ち着いたとき、目の前には森の風景が開けていた。

「今日は、満月へ星が上る日なんですよ」
闇夜の景色に、言葉を失う。
木々はさわさわと揺れ、広大な森へ吸い込まれてしまいそうになる。
星は遠くの空まで続き、まるで山への道しるべのようで
その川は月へと続き、とても幻想的だった。

「綺麗だな・・・」
「ふふ、さらってきたかいがありました」
家にこもっていては、空を見る余裕なんてなかっただろう。
心が安らぐ。
空に近いこの場所は、まるで二人だけの空間のようで、安心していた。
見とれていると、キーンの手がさりげなく肩を抱いた。


「ソウマさん、あなたの霧を形にするきっかけが、私であればよかったのに」
「えっ・・・」
「態度には出しませんでしたが、本当は心底悔しかったのですよ。
加えて、ディアルさんが無神経なことを言って・・・腹立たしいことこの上ありませんでした」
いつも不気味な死神から熱烈なことを言われて、耳を疑う。
キーンの方を向くと、掌がするりと頬を撫でた。

驚いて、反射的に後ろへ下がる。
ここが高所だと気付いたときには、ぐらりと体が傾いた。
まずい、と危機感を覚えた瞬間、とっさに腕を掴まれ引き寄せられる。
反動をそのままにキーンの腕の中に納まり、抱き留められていた。
落ちかけたからか、心音が大きく鳴る。
しばらくの間何も言えなくて、ただ死神のローブを掴んでいた。

「そろそろ、家までお送りしましょうか」
キーンの背に、翼竜の翼が生える。
返事をする前に横抱きにされ、さらに高くへ飛んでいた。




キーンが夜空を見せてくれて幾分か気が紛れ、翌日は部活へ顔を出していた。
今日は珍しく、たいてい先に来ているディアルがいない。
「ソウマさん、ディアルさんはお休みのようてすよ」
気配もなく声をかけられ、肩を震わせる。
「学校へも出席していないようです。折角ソウマさんが来てくださったのに、残念なことです」
「そっか・・・」
万能ではないのだから、体調を崩したり、気乗りしない日もあるだろう。
その日は諦めがついていたが、その後ディアルが来ない日は2日、3日と続いていった。

あくる日も、放課後はすぐに部室へ直行する。
4日目もディアルはおらず、落胆と共に不安感が強まっていた。
「今日も、来ていないようですね」
日に日にもどかしさが募る。
いっそ、家に押し掛けて様子を一目見たいけれど、行く方法は転送装置しか知らなかった。

「ソウマさん、私の家に泊まりに来ませんか?転送装置を使いたいのでしょう」
胸の内を読み取られたような提案に、こくりと頷く。
泊まる、という単語は気にならなくて
頭の中には、キーンの転送装置しかなかった。

部活は早めに切り上げ、キーンの家に招かれる。
早速転送装置のある赤い扉へ向かおうとしたが、腕を掴まれ止められた。
「転送装置は充電中なので、使えるようになるまでまだ時間がかかります。
じれったいかもしれませんが、暫く待ってください」
「・・・わかった」
装置を動かせるのはキーンしかいないのだから、従うしかない。
「夕飯でも食べませんか。腕を振るいますよ」
「ありがとう、そうする」

食事ができるまでは、キーンの自室で待つ。
キングサイズの大きすぎるベッド、怪しげな実験器具、図書館にはなさそうな不可思議な本。
ディアルの部屋とは違い物が溢れていて、本をぱらぱらとめくって暇をつぶした。
内容はよくわからないが使い込まれていて、えげつないイラストが描かれているものもある。
そんな趣味があっても、害悪というわけではないので嫌悪することはなかった。

「ソウマさん、お待たせしました」
「うん、すぐ行く」
本を閉じ、キーンの元へ行く。
通されたリビングには縦に長すぎるテーブルがあり、まるで貴族の食事部屋のようだ。
肉の焼けたいい匂いがし、テーブルの端の席に座る。
墨汁をかけたような食事、ではなく、サラダやスープ、メインの肉料理が揃っていて、まるで高級料理店のようだった。

「凄い、作れるのは怪しげな薬だけじゃないんだ」
「ふふ、どうぞ召し上がってください」
キーンの料理は見栄えも香りも良くて、味も格別だった。
作る、ということに関して秀でているのか、プロ顔負けの料理で
どんどん食欲がわいてきて、気付けば完食していた。


「美味しかった・・・キーンは何でもできるんだ」
「何でも、なんて買いかぶりすぎですよ。一人の人の心を留められないでいるのですから・・・」
キーンはさらりと口説き文句を言い、嫌味なく微笑む。
死神の姿をしていなければ、そこらの女性なんて簡単に射止められるだろう。

「えーと・・・転送装置は」
「まだです。ゆっくりお風呂にでも浸かってきてくださいな」
一蹴され、他に選択肢はなくなる。
充電が終わっているにしろ、終わっていないにしろ、今は言うことを聞くしかなかった。

風呂場に案内され、キーンは出て行く。
一緒に入ることにならず、ほっとしていた。
その風呂場は明らかに一人用ではなく、旅館の大衆浴場並の広さだった。
広々としていて豪華だけれど、庶民にとっては落ち着かない。
入浴中はずっと上の空で、ディアルがどうしているのか気にかかっていた。

浴室を出ると、きちんと着替えが用意してあった。
サイズがぴったりなことが、ありがたくもあり怖くも感じる。
浴室を出ると、待ち構えていたようにキーンが姿を表した。

「リラックスできましたか?」
「広すぎてあんまり・・・。それより、てんそ」
「明日は休日ですが、早めに寝てしまいましょうか。遅くなると、いろんなものがさまよいますから」
言葉を遮られ、手を引かれる。
このまま、ずっと捕らわれ続けてしまうのではないだろうか。
それでも、ついて行くしかないのだ。

手を引かれたままキーンの自室へ戻ると、ベッドへ誘導され黙って寝転がった。
ふかふかの布団は、体を優しく包み込む。
普段なら心地よくてうっとりとしそうなものだが、今は余裕がなかった。
キーンが隣へ入り、腕が触れる。


「・・・いつ、使えるようになるんだ」
「ソウマさん、さっきからそればかりですね。少しは私にも興味を抱いてほしいものです」
誘惑するように、掌が頬を撫でる。
抵抗はしないが応えることもせず、じっと天井を見ていた。
じれったくなったのか、キーンが上に移動して見下ろされる。
指先が唇へ触れ、息を飲んだ。

「ここはディアルさんが触れていますから、別の場所にしましょうか」
キーンが身を下げ、耳元へ吐息をかける。
唇が耳朶に触れると、柔らかいものなのに恐怖を感じていた。
体が強張り、緊張する。
そんな微妙な変化を感じ取ったのか、キーンがそっと頭を撫でた。
手馴れているような愛撫に、わずかに力が抜ける。
そうやって油断したとき、耳に湿った感触が這わされた。

「ひ、なに・・・」
耳が弄られ、外側から形がなぞられていく。
ぞわぞわとした寒気を感じ、思わずキーンの肩を掴んでいた。
舌がゆっくりと動き、内側までも侵食していく。
「や、や・・・」
窪まりから卑猥な液体の音が直に届き、肩を掴む手に力がこもる。
怯えを感じたのか、キーンが身を離した。

「顔をこんなに染めて、愛らしいことですね」
キーンの両手が、頬を包み込む。
睨むどころか、自然と目が虚ろになってしまう。
求める言葉を言わなければ、拒否することもしない。
キーンは軽く笑み、寝具のボタンに手をかけた。
一個ずつ、ゆったりとした動作でボタンが外されていく。
前がはだけ、素肌がさらされると緊張感がよみがえっていた。


大人しくしていると、指の腹が胸部から腹部をなぞっていく。
その動きは、指の一本でも翻弄されてしまいそうに艶めかしい。
何度も何度も、焦らすように肌を愛撫され頬の熱が上がってしまう。
やがて、腹部までで止まっていた手はさらに下方へ触れようとした。
たまらず、キーンの手首を掴んで止める。

「・・・相手がディアルさんだったら、この先を許していましたか?」
何も言えずに、眉根を下げてキーンを見詰める。
手の力は、迷っているように緩んでいた。
ふいに、キーンが身を退けてベッドから下りる。
「意地悪してすみません。離れる前に、あと一回だけ・・・」
キーンが首筋に身を寄せ、唇を触れさせる。
そして、軽く皮膚を吸い上げてさっと離れた。
「明日の朝には稼働させますから。お休みなさい・・・」
そう言い残し、キーンが出て行く。
扉が閉まったことを見送った後、全身の力を抜いてベッドに沈み込んだ。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
ちょっと寄り道、ルート分岐は別の機会に。